- 2023年02月14日
- 有識者インタビュー
倉澤健太郎 先生
横浜市立大学大学院医学研究科産科婦人科学 准教授/周産期医療センター長(兼務)/元厚生労働省 専門官
「短期の対応」と「長期の改革」を両輪で回せ
横浜市立大学病院で周産期医療センター長として勤務する産婦人科医・倉澤 健太郎氏は、2014~2017年に厚生労働省に出向し、医系技官として働いた経歴を持つ。医療の世界を外から見た経験を活かし、医師の働き方改革に取り組んできた。2024年4月スタートと目前に迫った勤務医の時間外労働の上限規制についても、院内で繰り返し勉強会を行いながら対応を検討してきたという。倉澤氏は、「今すぐにすべきこと、長期視点で取り組むべきことの2つに分けて考える必要がある」と語る。
2024年開始「医師の働き方改革」をおさらい
今回の時間外労働の上限規制をはじめとした一連の法改正の議論の経緯は当初から注意深く見守ってきました。
医師でも詳細を知らない方が多いので簡単におさらいすると、重要なポイントは1)勤務医の時間外労働を原則年間960時間・月100時間まで(例外あり)とする、2)月の上限を超えて勤務する医師に対しては医療機関が面接指導を行い、必要に応じて労働時間の短縮、宿直の回数の減少等の必要な措置を講じる、3)施設の取り組みを評価する「医療機関勤務環境評価センター」を設置する、という点です。
とくに1)の上限規制が注目されています。具体的には、勤務医の時間外労働時間を年960時間までとする「A水準」、年1,860時間までとする「B水準・連携B水準」「C水準」が設定されました。「B水準」は、地域医療提供体制の確保の観点から暫定的に設置しているもので、3次救急病院や救急車を年間1,000台以上受け入れる2次救急病院などが該当します。「連携B水準」は、自院のみでは年960時間以内ですが、副業・兼業先での労働時間と通算して時間外労働の上限を年1,860時間とするものです。「C水準」は、初期研修医・専攻医が対象とした「C-1水準」と6年目以降の医師に必要に応じて認められる「C-2水準」があります。
多くの抜け道ができてた
この制度は議論の過程でずいぶん後退した印象があります。そもそも全医師が960時間規制の対象になるとされていたところに、抜け道となる「B・連携B水準」「C水準」が設定されました。研修医・専攻医を想定していた「C水準」にも、それ以外の医師も含まれるようになりました。「B・連携B水準」は2035年末までの暫定措置の予定ですが、C水準はその後も残ります。
また、用語解釈の点においても後退が見られます。「当直・宿直」は時間外勤務の扱いで、普段の通常業務は課されないことが原則です。当初の議論では、産婦人科でいえば「毎回分娩があるようなケースは日直・宿直ではない」とされ、通常勤務の業務を行う「夜勤」と同様に週40時間の法定労働時間にカウントされる、とされてきました。それが、最近の議論では「1、2例の分娩であれば軽微な労働として当直・宿直の中に読み込んでよい」という解釈が出てきました。これが採用されれば宿直は時間外労働にカウントされず、現在の働き方を大きく変えずに済むケースが増えるでしょう。
それでも対応は必須
「骨抜き法案では、スタートしても結局は何も変わらないのでは」という声も聞きます。ただ、2024年4月からの新制度スタートは既定路線なので、まだ準備のできていない医療機関は1)急いで新制度に対応する、2)その後10年先を見据えた本質的な改革を行う、という2本立てで動いていく必要があります。
現時点で対応が間に合っていないのは、地域の中小規模の医療機関が多いでしょう。大学病院からの医師の派遣や非常勤医を雇用することの多いこうした医療機関は「連携B水準」の指定と「宿日直許可」を取得する必要があります。宿日直許可がある医療機関であれば、派遣された医師の宿日直は勤務時間にカウントされないため、大学病院の医師派遣の引き上げや非常勤医師の採用ができないといった事態を避けられます。その上で、「連携B水準」がなくなるまでの10年あまりで、本格的な医師確保策、働き方改革に着手する必要があります。
3年間の厚生労働省への出向が契機に
私の専門である産婦人科の領域は時間の読めない分娩や緊急の手術対応などがあり、勤務時間が不定期になりがちな診療科です。加えて近年は女性医師が多い科でもあり、医師自身の出産・育児時期をどう乗り越えるかというのも課題です。
働き方の問題に関心はあったものの、日々の業務で精一杯でなかなか取り組めないでいたところ、40歳を迎えるタイミングで厚生労働省への出向の機会がありました。多忙で有名な官公庁ですが、外から来た目で見ると一見無駄にみえる業務も多く、もっと効率的に働けるのではと感じることもありました。若手官僚の中にも問題意識を持つ人がいて、そうした人が「中央官庁の働き方改革」をテーマとした私的な勉強会を開いており、そこに参加したのです。勉強会では専門家を招いて話を聞いたり、ディスカッションをしたりなど、刺激をも受けました。
その一方で、「若手が何か言ったくらいで、中央官庁という巨大な組織が本当に変わるのか」とやや懐疑的に見ていた部分もありました。しかし、私が出向した2014年からの3年間は、官庁の働き方改革に大きなムーブメントが起きた時期でした。河野太郎氏が行政改革担当大臣となり、変革を起こそうとしていました。大きなうねりの中で、それまで無理だと思っていたことが動き出す、そんな変化の兆しを体感し、勇気をもらいました。
そして、何よりも衝撃だったのは、激務で知られる中央官庁より、出向前に勤務していた市中病院の方が急変などの瞬間的なストレスも多く、拘束時間が長かったことです。今まで医療の世界しか知らずにこれが当たり前と思ってきましたが、医師の働き方はやはり異常なんだと改めて認識しました。
一瞬ではなく、一生輝ける働き方を
働き方改革の中では、若手医師から「もっと症例数を経験しないと」といった要望をよく聞きました。確かに、若く体力も吸収力もあるときには、瞬発的に長く働く時期があるかもしれません。でも、そうした無理ある働き方は長続きしません。早めに軌道修正を図らないと、心身の健康や仕事への情熱、家族との絆など、大切なものを失ってしまうかもしれません。
研鑽を積むための方法も変わっています。手技を学ぶためのシミュレーターや研修や知識を積むための講演など、かつては少なかったものがたくさんあります。上手に使えば臨床現場以上の学びを得られる場合もあります。
人口減少が進み、疾病構造が変わる今後の日本の状況は避けようがなく、医療現場もそこにあわせて変わっていかねばなりません。効率よく生産性のある働き方を実現し、プライベート時間を充実できれば、変化への対応策も見えてくるでしょう。そんなふうに働き方改革を全員がポジティブに捉えられるような意識改革・環境づくりを引き続き行っていきたいと思います。
これから働き方改革をはじめる人へのアドバイス
「自分の働き方を変えたい」という人は、まずは自分の働き方を振り返ってみてください。何にどのくらいの時間を使っているのかを洗い出し、そこから改善点を1個でも2個でも見つけて実行に移しましょう。医師の働き方改革は2024年のスタートが予定されてはいますが、まだまだ国・政府・行政施策には変更などの動きがあります。最新の情報をキャッチアップしましょう。
医師の働き方は医師本人がいちばんわかっています。臨床や研究で忙しいことは承知していますが、せっかく生まれたうねりを消さないよう、現場で働き方改革の旗振り役となる医師がもっともっと活躍するようになるととよいと感じます。
倉澤健太郎 先生
横浜市立大学大学院医学研究科産科婦人科学 准教授/周産期医療センター長(兼務)/元厚生労働省 専門官