- 2023年03月17日
- 外傷センター
長崎大学病院・外傷センター
働き方改革、取り組みの背景
長崎大は2009年にされた男女共同参画推進センター(現:ダイバーシティ推進センター)が中心となって、2015年から全職員を対象とした「長崎大学ワークスタイルイノベーション」(WSI)プロジェクトをスタートしました。WSIがはじまったきっかけは「性別関係なく、研究者が活躍できる職場環境づくりをしていきたい」という思いからでした。その後、文部科学省の女性研究者支援事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」を申請して採択され、予算を獲得したことから本格的な取り組みがスタートしました。2019年度からは、働き方改革が困難とされる医療現場、医学研究分野における働き方改革を推進し、大学病院での取り組みを進めています。
2019年度からの取り組みは医局単位で5~10人程度のチームを3チーム募り、私たちワーク・ライフバランス社コンサルタントが入って助言しつつ、チームごとの課題に沿った働き方の満足度アップや超過勤務時間削減に取り組むスタイルを続けています。2020~2021年の2年間、WSIに参加した外傷センターの例をご紹介します。
プロジェクト以前の成果と限界
長崎大学病院の外傷センターは、交通事故をはじめとした救急時に救急救命センターが応急処置をした患者を引き継ぎ、手術からリハビリまでを受け持つ診療科です。主治医制ではなくチーム制で診療にあたっていますが、診療科の特性上、突発的な対応が多く、時間外労働が他科に比べて多い傾向がありました。
外傷センターのトップを務める整形外科医の宮本 俊之氏は「事故は常に想定外。医師の働き方改革?限界があるだろう、と思っていました」と参加当時を振り返ります。
とはいえ、それまで外傷センターが働き方の改善に無策だったわけではありません。2011年に4名だった外傷センターのスタッフは2019年には11名まで増員。時間外勤務の大きな要因となっていた手術については2016年に専門手術室を確保しました。これによって、全手術時間に占める時間外勤務の割合は40%(2015年・年平均)から10%(2019年)まで激減しました。「やれることはすべてやってきた、という自負もありました」と宮本氏は振り返ります。
しかし、専用手術室の確保で増加の一途を辿ると考えていた手術数は、翌2017年をピークに減少に転じます。「原因がつかめず、ボトムアップで何らかの変化が必要なのかもしれない、と感じはじめた時期でした」(宮本氏)。
最初は患者情報の一元化から
WSIプロジェクトの1期目は2019年10月にスタートしました。はじめにメンバーで「働き方改革はなぜ必要か」をディスカッションしました。そこでは「勉強時間をもっと取りたい」「家族ともっと一緒に過ごしたい」など、時間に対する要望が多く出てきました。そこで「効率よく働ける環境づくり」を目標に、取り組みをスタートさせました。
「なぜ今効率よく働けていないのか」を話し合ってみると「コミュニケーションエラーで情報伝達がうまくいっていない」という要因が浮かんできました。外傷センター内も他科との連携でも、多くの行き違いが発生して業務の無駄を生んでいると認識されていたのです。
そこで、まずは情報伝達を一元化することにしました。以前から全患者さんのデータをExcelで共有していましたが、「記録のための記録」となってあまり見られなかったり、ヌケモレが発生したりしていました。
改善後は「入力はデータ(Excel)、閲覧はプリントアウト」をルール化し、情報を一元化。入力シートは他人が見ることを前提に10回以上のマイナーチェンジを繰り返し、使いやすく見やすいよう、改善を重ねました。
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「申し送りノート」で指示6割減
患者情報について、医師同士はカンファレンスで共有していましたが、医師と看護師の間は、電子カルテと個別のやりとりが中心でした。抜けている項目や急ぎで欲しい情報があれば院内PHSで呼び出すなど、やりとりが煩雑でした。
「申し送りノート」の効果として、医師から看護師への指示依頼が減りました。具体的には開始前の2010年4月~11月までに3.3件の入院に対し1つの指示がありましたが、5.3件の入院に対し1つの指示と、60%削減しました。
「整理整頓」で探しもの時間をなくし、コミュニケーションアップ
続いて取り組んだのは「整理整頓」です。2011年の外傷センター立ち上げ時から、医局には個人机を置かず、中心に大きな共用机を置いた広いオープンスペースにしていました。ただ、部室のように多くの物が散らかって雑然とした状況でした。
医師は聞き役に徹する「多職種合同カンファレンス」
医師間の情報伝達ができてきたので、続いてはコメディカルとの情報共有の改善に取り組みました。ここでは週1度、医師、看護師、薬剤師、PT(理学療法士)・OT(作業療法士)、ソーシャルワーカーなどの幅広い職種が集まる合同カンファのやり方を変えました。
終盤には週4日勤務にトライ
1年目の終盤、2020年8月からスタートしたのが「週4日勤務」です。それまでは1日7時間45分勤務を5日間、外勤日が週1日、週休1日という働き方が基本でした。これを1日あたりの勤務時間を延ばす(4日で38時間45分勤務)代わりに週4日の時間帯別シフト勤務とし、外勤があっても週末2日はしっかり休める体制に変更しました。
週4日勤務の導入前(2019年8月~2020年1月)には月平均手術件数が50件、平均超過勤務時間が38.3時間だったものが、導入後(2020年8月~2021年1月)には同55件、22.5時間と、前年同月比で手術件数はほぼ横ばいだったところを、超過勤務を4割以上減らすことができました。
2年目の取り組み、スキルマップ
取り組み2年目は前年度から成果が出てきた取り組みを継続しつつ、メンバーの入れ替わりもあったため、再度目標設定ミーティングを行い、新たな目標設定と取り組み案を話し合いました。
WSIのミーティングでは若手から「もっと時間を有効に使いたい」「研鑽する機会が欲しい」といった声が上がりました。外傷センターに来た専攻医は、1年間でセンター内の3部門をローテートしますが、時期によってどうしても経験できる症例数に偏りが出ます。この偏りを解消するため、専攻医として必要なスキルを抽出したうえで「見たことがある・対応したことがある・他の人に教えられる」という3段階で評価する「スキルマップ」を作成しました。加えて、専攻医ごとに経験症例数を医局の壁に貼り出すことで、積極的に専攻医に症例を経験させてスキルアップさせよう、という意識が醸成されました。
アイデアはスタッフの中にある
外傷センターのトップを務める宮本氏は、「スタッフからどんどん改善にアイデアが出てくることに驚きましたし、私では気づかないことがたくさんありました。小さなことでいいのでとにかく変化を起こし、修正を繰り返す。変化を繰り返すと変化が当たり前になってきます。そして何より、自分自身の思い込みに気づき、フラットにメンバーの声に耳を傾けることの大切さを学びました」と振り返ります。
2年目のプロジェクトを率いた江良 允氏も「大学病院は人の入れ替わりが激しく、継続することの難しさを感じました。でも、新しいメンバーは常に新しい視点をくれますし、忙しい時こそ振り返りをして、できたことを確認することでモチベ-ションの維持ができました」と語ります。
担当コンサルタントから
外傷センターはスピード感もってプロジェクトに取り組んでくださいました。冒頭にコミュニケーションを密にしたことが上手くいった大きな要因だと感じます。「そんなこと?」と思われがちですが、医療現場は本当に忙しく、研修医の方など若手は小さな疑問や不安を口に出す機会がありません。そこを敢えて時間を確保し、一緒にお茶を飲みながらゆっくりと話す時間をつくったことでメンバーがお互いのバックグラウンドを知り、チームとしてプロジェクトに取り組む土壌ができました。
情報の一元化の取り組みでも、一番熱心に発言していたのは一番若手の先生でした。トップへの信頼を醸成した上で、若手が安心し、自分ごととして働き方改革に取り組んだことが、成果を上げた大きな要因だと感じます。(1年目担当)
1年目の経験を継続し、業務改善が日常の仕事にまで落とし込まれている状況をつくりあげました。そして、これまでの「ワザを盗む」「背中を見て育てる」といった医師を育成する考え方の「当たり前」を疑い、若手の声を聞いてスキルマップを作成するなど、誰もがわかるように「見える化」した点も素晴らしいと感じます。若手の方が忌憚なく意見を言うことができる医局の環境、意見を柔軟に取り入れる姿勢なども定着していました。(2年目担当)
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